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公的年金のお得な情報、無年金の解消策などを解説説明します。
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現行の60歳以上の
ノーカット
月額年金+標準報酬で28万円を

65歳以上と同じにして
下記のようにする。

在職老齢年金、減額基準緩和…月46万超に統一


さて、その狙いは、保険料の小細工をなくすこと。

つまりは、保険料をたくさん集めたいということ
に他ならない。

それで、年金原資を集めて
何とか乗り切ろうというのであろう。

この案だと、年金が月15万円ならば
30万円まではノーカットで入れる計算。

まだまだ、生活できたらええやんの
発想が抜けてない。

人はそんなもんやない。
損するのが嫌なんや。
嫌やから細工する。

あんまり働かんとこうとか
ずるいことを考える。

それでは、高齢者の労働意欲をそぐだけです。

それよりもっといいのは
青天井だろう。

それなら、社長の月額100万円でも
カツトされないので
かなり集まる。

その代りどんどん払うことにはなるが。

そういう人は、税金などを
先に差し引いておけばいい。
そうすれば、とりはぐれもないというものだ。

介護保険料も40歳以上にしないで
一定額を超えたら全員から取ればいい。

それも、高額所得者は
年金から引いて
さらに保険料からも引く。

年金がない人には
保険料でばっちり差をつけて引けば
よい。

制度は複雑になるが
最初から天引きなので
関係ないだろう。

介護保険料率を一定にするのが間違いで
高額所得者は市民税みたいに
毎年保険料を送付すれば済むだろう。

それを会社で引こうと本人が払おうと
選べれば問題はない。

私はそう思いますね。

補足
在職老齢をカットして
会社経営者はいい面もありました。
安い給料で済んだからです。

従業員もあんまし働きたくないもありましたし、
手取りを増やして、生活を下げずに済む
メリットを追求しました。

しかし、一番ひどいケースは入らなければ
カツトされない。
経営者サイドは保険料負担がたまらない。

なので入れないとか、
わざと細工をして、賞与で調整したりした。

しかし、賞与調整に気が付いた
行政は賞与からも引くことにした。
1年間しか泳がしてくれない。

それでは、2年目は辞めますとかになりますな。

細工をしてはいるにも限界がある。
だから、社労士25年くらいの経験から
やはり、在職老齢年金をカットするのは良くない。

はなはだしいのは、厚生年金単独で
受給資格を取るのに
個人で入れる道を閉ざしているために
雇ってももらえず、無年金になるものさえいた。

そういう人をたくさん知っていますので
青天井にしろとか、個人で入らせろとか
無茶を言うわけですが、
法律が悪いのは事実。

さりとて、現行法を認めないと
頑張って裁判しても
絶対年金は出ませんから。
時間は待ってくれないので。
無理です。

それなら、今の法律を
取扱い規定や施行規則などから
直すしかない。
すぐ法改正は無理だろうから、
まず、現行法の改定をして
それから抜本解決のための
法律制定にいどめということです。
私の主張はきわめて現実的な話です。
そのことを理解ください。
単なる理想論ではないということ。

実際に現場で起きていることから
これを直さない限り無理だなとわかった
上での話ですから。

決して、荒唐無稽な話ではないのです。
 

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[12/06 株の初心者の入門]
プロフィール
HN:
にせ幹ニ
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/06/17
職業:
特定社会保険労務士
趣味:
ミュージカル
自己紹介:
三流大学を浪人して卒業。就職には失敗し、一度目の就職は営業だが、あえなくクビになる。大学教授に泣きつき、先輩の会社に何とか入社。マツタ゛の下請け会社で、現場の溶接作業に従事、そこでひどい腰痛になり、その職場も断念。治療の傍ら、社労士試験を受けたが、
1回目は落ちた。2回目は専門学校に行き、何とか合格したものの。社労士事務所の就職は無く、受験講座の先生に泣きつき、某労働保険事務組合に入るが、女のこととかもあり、仕事の態度が悪かったため、クビに、その後、大変苦労し、昭和63年に開業した。同期のものは今はものすごく客がいるが、私は泣かず、未だ飛ばずです。20年近くたってようやく、遊べるようになる。劇団四季キャツツに出会い衝撃を受ける。その後、全国を飛び回り、四季の、子供ミュージカル以外、ほとんどのミュージカルを見た。自称にせ石丸幹ニである。年金については執念を燃やし、服部栄蔵年金道場を大阪に数度に渡り、行くが、レベルの高さにショックを受ける。その後、服部年金講座を数度、広島に誘致する。自らも年金講習会をNTT、新生銀行などで行う。大栄教育システムで、社労士受験講座の講師も勤めた。弟子は数が少ないか゛、現在、社労士会の役員になるなど、そうそうたる、メンバーが名を連ねている。弟子の方が、本人より、社労士会では認められたり、大きな事務所を運営している。一見でたらめに見えて、ちゃんとツボを抑えた指導には、舌を巻く人が多い。見かけと全然違う男である。
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